sci-fi fab

原書で読む 海外SFのすばらしき世界

Pilgrimage / Zenna Henderson






心の棘をとりのぞく魂の遍歴



26冊目。
Zenna Hendersonの"Pilgrimage"(1959)(『果てしなき旅路』)を読了。ハヤカワ文庫版は残念ながら絶版状態のよう。

本書は6編の中編によって構成されている。まず各編の前段では、世を儚んで自らの命を断とうとしていたハイティーンの少女、Lea Holmesと、彼女に救いの手をさしのべてきた、人間と変わらない姿の異星の種族、"People"との心の交流の物語。後段では"People"の一人ひとりが自身の数奇な体験をLeaに語って聞かせていくという2層の形式を取っている。一つ話を聞くごとに、かたくなだったLeaの心がすこしずつほぐされ、自己と向き合えるようになっていく。


それでは、各編のアウトラインを。


 I (前段・Leaの物語)


生きる意味を失い自暴自棄になっていたLea。今まさに鉄橋から身を投げようとしていた時、そんなに年の違わなそうなKarenと名乗る女性が近づいてきた。「ほんとは、そんなことしたくないんでしょ。それに、落ちたって足を折るくらいよ」彼女は何もかも知っている様子だった。意固地なLeaは跳んだ。しかしKarenの言う通り案外大丈夫だった。もう一人Karenの友人Miriamもどこからともなく実体化してきた。KarenとMiriamはLeaを担ぎ上げると、空を飛んだ。「きっと死の直前の錯乱に違いない…」そう思いながらLeaは気を失った…

 ARARAT (後段・Karenの語る物語)


Karenは幼少の思い出を語った。彼女は人里離れたCouger峡谷という不便な土地にある、全校あわせて10人に満たない全寮制の学校に通っていた。実はこの土地には余人の知られざる背景があった。
"People"と呼ばれる異星の種族は、何らかの理由で母星を逃れ、安住の地を求め巨大な宇宙船団で宇宙をさまよっていた。“Crossing”(横断)と呼ばれるその旅は幸福であったが、50年前地球に漂着。米国のKerry峡谷にある“Old Baldy(丸はげ爺さん)”山に墜落した。"People"は地球人と外見はまったく変わらないが、非常に特殊な能力を持つが故、ひどい迫害を受けた。生存した“Group”(集団)のひとつは、できるだけ"Outsider"(地球人)と隔絶されたCouger峡谷で街を形成し、自らの能力はひた隠し、風変わりだが無害な人々として生きることを選んだのであった。
Karenは“Old Baldy”を“ARARAT”と言い換えた。「(聖書のノアの物語と)似た話だし、“Old Baldy(丸はげ爺さん)”より詩的な呼び名でしょ」。
あるとき学校に"Outsider"の若い女性教師が着任した。Karenの父が、召喚依頼をだしていたのだ。Karenの父はその学校の校長であったのだ。新任教師の名はValancy。Karenの兄Jemmyは、自分とさして年が変わらない彼女に恋心を抱く。Valancyはさっそく"People"の子どもたちの特殊能力を使ったいたずらの洗礼を受けてしまうのだが…

※副題“ARARAT”(アララテ山)は、神に選ばれたノアらを乗せた箱舟が四十日四十夜とどまり大洪水を生き延びた山。



 II (前段・Leaの物語)


LeaはKarenの思い出話から、まだ2年ほどしか経っていないことを知った。好意的に接してくれるKarenら優しき"People"にLeaは心を開きつつも、制限された生活に慣れなければいけない苦しさも感じていた。Karenは次に同胞のPeter Merrillを紹介した。今度はPeterが話し始めた。

 GILEAD (後段・Peterの語る物語)


Peterは幼い頃から自分の家族がほかとちょっと違うことを感じていた。彼は自分が空中を飛ぶ能力があることに幼いうちから気づき、思春期になると自らのポテンシャルを試すようになった。しかし母親から"Different is dead"(他人との違いは死を招く)ときつく戒められていたので能力は"Outsider"(地球人)には隠していた。
8歳の時に妹のBethieが生まれた。彼女は"Sensitive"(他人の痛みを引き受ける)という能力が未熟ながら備わっていた。
父の不慮の事故死によってPeterの進学は論外となり、高校を出るとすぐ働きに出たのだが、案外心地よくも平凡な日々であった。しかしそれもは長くは続かなかった。母親も危篤となってしまったのだ。死の床で母はPeterに、自分は"People"とよばれる種族で、故郷の星は宇宙の塵となってしまったこと。“Crossing”(横断)で多くの同胞と宇宙船をシェアしたこと。宇宙船がKerry峡谷のBaldy山に墜落したこと。多くが迫害で殺され、わずかが逃れたことなどを語った。そして驚くべき事に、"Outsider"(地球人)である父と幸福な結婚をしPeterとBethieを生んだことも。兄弟には"People"の血と"Outsider"の血が半分ずつ流れていたのだ。
母が亡くなると、PeterはBethieをつれて、峡谷に住み着いたと言われる"People"の同胞に会いに、Kerry峡谷へとピックアップトラックを走らせた。母の言葉を信じて…

we are woven of the same fabric

私たちは同じ織物に織り込まれているのよ


※副題“GILEAD”(ギルアデ)はイスラエルの民が住み着いた土地のひとつ。



 III (前段・Leaの物語)


前話でKarenを含め、"People"の中に"sorting"(心を干渉)する能力を持つ"sorter"がいることに、Leaは憤りを覚えていた。「私の心を覗き見てるんだわ」と。Karenは言った。

Whatever powers we have are for healing, not for hurting.
We have health and life for you if you'll accept it.
You see, there is balm in Gilead! Don't refuse it, Lea.

私たちの持つどんな力も、傷つけようとしているのではなく、癒やすためのものなの。
それを受け入れるなら、あなたのために健やかな人生を提供できるの。
いいこと、ギレアデの香油(※)があるもよのよ! 拒まないで、Lea。


※聖書の世界では香油はアロマ・薬用のほか、神の家族として聖別する際の儀式にも使われる。

 POTTAGE (後段・Melodyeの語る物語)


Melodye Amersonが語り始めた。小学校教師だった彼女は単調な繰り返しが苦痛となり、春先勤め先を辞めてしまう。しかし8月にもなると、のんびり生活にも飽き、職安で教師の採用を探してみたものの新学期直前とあって、なかなか見つからなかった。ようやく一つ空きの小学校があった。“Bendo”小学校は、バスが週に1本しか通らない寂れた炭鉱街にある小さな小学校だったが、彼女は喜んで向かった。
街に着くと校長のSaul Diemusが出迎えてくれた。やせこけて活気のない印象の男性であった。“Bendo”小は炭鉱の街の新興住宅街に建てられた学校だったが、今では全校で一部屋しか必要ない生徒数で、上階の窓は戸板でふさがれていた。前庭も、そこにある遊具もツタや雑草で荒れ放題だった。
Melodyeには、子どもたちが何かを極度に我慢している印象を受けていた。子どもたちは、子どもらしい遊びをなぜか、厳しく禁じられているようだった。少しずつ子どもたちとの距離を詰めていくと、ある結論に至った。
Melodyeが学生時代、ドミトリーで同室の最も親しかった友人が自分にだけ打ち明けてくれた不思議な物語を思い出したのだ。友人の名はKaren、彼女は異星の種族、"People"という自分の出自を打ち明けてくれたのだ。そして、この子どもたちもまた同じ"People"の末裔ではないかと…

※副題“POTTAGE”(ポタージュ)創世記のヤコブとエサウの兄弟物語でヤコブの作ったポタージュ(煮物)と引き替えにエサウは長子の権利を売った。正当な相続者というメタファーと思われる。



 IV (前段・Leaの物語)


”They can help.” Melody touched Lea’s shoulder gently. “And, Lea, they never judge. They mend where mending is needed and leave the judgment to God.”

「あの人たちは助けることができるの。」MelodyはLeaの肩にそっと手を触れて
「そしてLea、あの人たちはけして裁かないの。直す必要のあるところは直し、裁きは神に委ねるの。」


同じ"Outsider"(地球人)として、MelodyはLeaに親く語りかけてきた。そんな中、ValancyとJemmyの間に赤ちゃんが誕生した知らせが届いた。次に語り始めたのは、Perdita(Dita)だった。

”My theme,.” Dita said sobery. “Is very brief, but oh, the heartbreak in it, It’s ‘And your children shall wander in the wilderness.”

「わたしのテーマはね、」Ditaは落ち着いて言った
「とても短いんだけれども、でも、あぁ、胸が張り裂けるような思いがこもっているの。『あなたがたの子どもたちは、荒野で彷徨わねばならない』(※)という。」)


※聖書のことば:あなたがたの子どもたちは、この荒野で四十年の間羊を飼う者となり、あなたがたが死体となってこの荒野で倒れてしまうまで、あなたがたの背信の罪を負わなければならない。(民14:33)
後段の副題“WILDERNESS”(荒野)はここから導かれている。神の許しと裁きが現れた一節。

 WILDERNESS (後段・Perdita(Dita)の語る物語)


Perdita(Dita)VeristはKruperという土地に赴任してきた中学教師だった。彼女は美しい反面、心に問題を抱えていた。極度にセンシティブでありながら、それを表には出せない葛藤が絶えずあった。また、意識の中に、幽霊というべき常に対立するもう一人の自分がいた。Ditaはこうした了解不能な心の不均衡をひた隠しながら、いつものように学校で12才の子どもたちを教えているのであった。
Ditaが下宿しているホテルの顔見知りは個性的だった。ビール好きのおばちゃんMariel。ニンニクとワインだけで生きているような,英語を話せないメキシカンのSevereid Swanson。そしてLowmanigh(Low)らが住んでいて、Ditaはいやいや応接していた。Lowは街中の廃墟を探索する"Gohst tpun collection"(廃墟収集)が趣味の変わった男だった。感情を表に見せない、しかしどうも見覚えのあるその男は初対面でこちらを見透かすような視線を放っていた。
その週学校では、Ditaにとってやるせない騒ぎが起こった。ひとつはEsperanzaというメキシカンの少女がマイノリティーの故にイジメを受け、Ditaは相手を諌めなければならなかった。もうひとつはLucineという名の少し知的な障害を持った少女が、子ども特有の群集心理で取り囲まれ、つるし上げられていたのだ。手をさしのべると、彼女は不思議なことをつぶやいた。

”Ain't crazy.”
“No,” I said smoothing her ruffled hair, wondering at the angry oozing scratch on the back of my hand. “No, Lucine. I know.”
“He does, too,” Lucine muttered. “He makes it almost straight but it bend again.”

「あたし、気狂いじゃない。」
「そうね」私は彼女の乱れた髪をなで整えながらも、自分の手の甲に出来た痛々しいひっかき傷に気づいた。「そうじゃないことをことは知ってるわ」
「彼もそうなの。」 Lucineがつぶやいた。「彼、ほとんど真っ直ぐにしてくれたのに、また曲がっちゃった」


Ditaは何もかもいやになり、翌朝逃げるようにKruperから25マイル離れた立派なホテルで休暇を取った。やるせなさを清潔ななサニタリーのシャワーで洗い流し、日曜の午後のまどろみを楽しんだあと、ロビーに降りてみるとそこにLowが立っていた。Ditaに警戒心が走った。例によって"Gohst tpun collection"(廃墟収集)に来たのだというのだが…



 V (前段・Leaの物語)

Leaは"People"の人々とともに日々過ごし、Karenが時にやさしく時に鋭くLeaと対峙していく中で、次第に自分の内面の問題と直視できるようになってきた。次に紹介されたMiss Carrolleは身体にハンディキャップがあるようだった。ある意味心にハンディキャップを抱えていることを自覚し始めたLeaは彼女の話に耳を傾けた。「私はね、お話のテーマだけじゃ無くてテーマソングも用意したの」そう言って歌い出した。

"By the rivers of Babylon,
There we sat down and wept,
When we remembered Zion.
We hanged our harps
Upon the willows in the midst thereof.
For there they that carried us away captive
Required of us a song
And they that wasted us
Required of us mirth
Saying, “Sing us one of the songs of Zion.”
How shall we sing the Lord's song
In a strange land?"

バビロンの川のほとり、
そこで、私たちはすわり、
シオンを思い出して泣いた。
その柳の木々に私たちは立琴を掛けた。
それは、私たちを捕え移した者たちが、
そこで、私たちに歌を求め、
私たちを苦しめる者たちが、
興を求めて、
「シオンの歌を一つ歌え。」と言ったからだ。
私たちがどうして、
異国の地にあって主の歌を歌えようか。(※)


※聖書の詩編137篇の一節。後段の副題“CAPTIVITY”(捕囚)はここから導かれている。

 CAPTIVITY (後段・Miss Carrolleの語る物語)


Miss Carrolleは一年前の交通事故で、半身が言うことが聞かなくなり松葉杖なくては動くことのできない体だった。下宿仲間の教師Anna Semperは1人の生徒に手を焼いていた。Francher Kidは常にむっつりしていてで、悪さするわけでも無くクラスの中で石か植物のようにだった。そこでAnnaに、一度彼をCarrolleのもとによこすように提案してみた。
Francher Kidは謎多い子どもだった。Miss Carrolleは一度ある月夜の夕べ、窓辺で思いにふけっていると、無表情なFrancher Kidが食料雑貨店に忍び込むのを目撃してしまった。息を飲んで眺めていると、Francher Kidはひとしきり店内を眺めたのち、そこにずっと置いてあるハーモニカを手にした。やがてハーモニカを中に浮かせ、静かに頭を揺すると、どこからともなく音階の昇降が聞こえてきた。いつものむっつり顔に笑みが漏れ、彼はハーモニカを自動演奏させながら、しばしの間ひとりで踊っていたのだった。
Annaは本当にFrancher KidをMiss Carrolleの元によこした。彼は紙のようにフラットにClement Francherと名乗った。ハンディキャップを抱えたMiss Carrolleの姿にやや心許したのか、Francher Kidは淡々と自分の生い立ちを語り始めた。彼は母子家庭で、母親はカーニバルで読心術の芸を見せることを生業にしていたのだが、3年前亡くなり、Mes. Mcveyのもとに里子に出され、学校に通うことも出来るようになったのだった。「ぼくは音楽を演奏できるんだ」そう毅然と言い放ち、彼はMiss Carrolleのキーホルダーの4音しかない小さなハーモニカを触れずに鳴らして見せた。
クラスでは変人扱いされていたFrancher Kid。しかし彼の不思議な能力と、心の中に秘められた音楽への愛情に、Miss Carrolleは徐々に理解出来るようになっていったのだが…



 VI (前段・Leaの物語)


Leaは突然我に返った。"People"が信じられない。彼らは「狂気」にとらわれている・・・でも心地よい「狂気」に。Leaの心は揺れ動いていたのだ。いつまでもKarenの世話にもなれない。そんな気持ちで、荷物をまとめ、感謝の書き置きをし、家を飛び出した。行き場をなくし、バス停わきのダイナーでコーヒーをすすりながら思いに耽ているとKarenがやってきた。彼女に促されLeaは峡谷へと戻った。自分はもうけしてひとりぼっちじゃないことを確信したとき、姿の見えない男性の声が聞こえた。

"Well, I suppose you'd like a theme, just to round out things for you ーーーso here it is.
"'For ye shall pass over Jordan to go in to possess the land which the Lord your God giveth you and ye shall possess it and dwell therein...'"

なるほど、君らはテーマがお好きらしいね。君らにとって話を完全なものするからね。 ーーー
そう、私ならこんな感じかな
『あなたがたは、ヨルダンを渡り、あなたがたの神、主があなたがたに与えようとしておられる地にはいって、
それを所有しようとしている。』(※)


※聖書の申命記11:31。後段の副題“JORDAN”(約束の地)はここから導かれている。

 JORDAN (後段・Bramの語る物語)


Couger峡谷の"People"は沸いていた。新たな“Group”(身内)の光り輝く流線型の船が地球にやってきたのだ。Bramは嬉々としてOblaの家に知らせに行った。Oblaとは同じ飛行機事故で出逢った。Bramは両親を失い、Oblaは手足を失った。彼女は見えず、聞こえず、話すことのできない身体となったが故にBramは彼女の心の声をキャッチしたのっだった。以来、その外見とは裏腹に、包容力のある心を持ったObraと深い絆ができたのだった。Bramは地球を嫌っていた。無理をして住み続けるよりも、Obraとともにもっと”People”にふさわしい、安住の地となる星に移り住みたいと常々考えていた。そして、新しい船の到着によってついにその可能性が見えたのだ。
船から乗員はなかなか降りて来なかった。聞きつけ集結してきた多くの”People”が訝る中、一人船外に出てきた。Sallaというその女性とBramは”People”特有の意識の交換でわかりあうことができた。
地球のすべての“Group”集結し、固唾をのむ中4人が降りてきた。そして、何百人も乗れそうな巨大船に、実はその4人しか乗っていかったのだ。実は新たなる”Home”(故郷)で多くの同胞が待っていたのだ。できるだけ地球の同胞を連れて戻ることができるよう最小人数で来たのだった。
地球という窮屈な”Home”を捨て、新たな”Home”を目指すべきか。長老のもと、”People”の意見は2つに別れた…


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Zenna Hendersonは寡作ながら、なんといっても"People"シリーズで知られる米国女性SF作家。本書はその一冊で、運良く原書を入手したので期待に胸膨らませながら読み始めた。

読み進めながら、アーミッシュがテーマだったハリソン・フォードの映画をなんとなく思い出した。カバーイラストもなんかそんな感じ。本書はファーストコンタクトものの亜種として読めるが、”People”という孤独な種族のマイノリティ文学のようにも読める。そういう意味では、筒井康隆の七瀬シリーズも思い出される。
しかし秀逸なのは、作者は物語に「特殊能力を持っていること以外は、姿かたちが変わらない異星人」という独特のアイディアを持ち込み、同胞愛に満ちた心優しき異星の”People”と、われわれ"Outsider"(地球人)が単純なマイノリティとマジョリティの構図にはなっていないことだ。各編”People”と"Outsider"が入れ替わり一人称で語られる魂の遍歴の物語なのだが、心の棘は”People”と"Outsider"それぞれの内に同様に刺さっていて、同じ姿形であることで、どちらが社会的弱者なのかの境目が曖昧になり、読み手がそれぞれの心の痛みを共有できるものとして描かれていることだ。
もう一つ付け加えると、つい引用が多くなってしまったが、本書は旧訳聖書の言葉が効果的に使われている。原題”Pilgrimage ”は「巡礼の旅」のような意味で、「苦難伴った魂の遍歴」というニュアンスを聖書の言葉が増幅させている。こちらに詳しいが、教師の経験もあるZenna Hendersonはモルモン教徒だったようで、いわゆるキリスト教徒とは違うのだが、そうしたバックグラウンドが物語に大きな影響を与えているの想像難くない。ただ、引用はいわば物語の味付け程度でそれ以上のものは感じられない。なんとなく、退屈な聖書の勉強中、ふと、私ならこんな物語を考えるわ、みたいなノリを勝手に妄想してしまった。
もしかしたら地味すぎて、はまらない人ははまらない種類の物語かとは思う。しかし読み進むうちに、次第に語り手の横に寄り添い、その物語にじっと耳を傾けてしまう瞬間がこの物語にはあるのだ。おすすめである。
"People"シリーズは実はもう一冊ある。そちらも楽しみにしたい。