Babel-17 / Samuel R. Delany




6冊目。
Samuel R. Delanyの1966年ネビュラ賞受賞作である本作を、ぜひ原書で読んでみたかった。そして読んだ。非常に面白かった。導入のどろっとした描写と相反して、読後は非常にさわやか。内容は説明が難しいので割愛・・・では、あんまりなので、出来る範囲でご紹介したい。

遠い未来、いくつもの恒星間でAlliance(同盟)を組む人類は激しいInvasion(侵略)を受け続けている。Invasionによるライフラインの断絶でAlliance側は大いに疲弊していた。侵略の背景に見え隠れする謎の暗号『Babel-17』。その解読を求め、将軍Foresterは、ひとりの女性Rydra Wongを抜擢する。彼女は暗号解読の経験があり、しかも星間で知れ渡った人気のpoet(詩人)であり、しかも宇宙船の船長の資格も持ち、しかも師匠のMockyに仕込まれ筋肉の動きで心を読む技術も会得し、しかもmaster strategist as well as a poet(詩人と同じくらい優秀な戦略家)なのだ。さらにどうも美人さんらしく、さばけたお人柄で周りが放っておかないタイプでもあった。
彼女はすでに『Babel-17』が暗号ではなく(暗号解読できない)、ある未知の言語であることに気づく。そして、『Babel-17』に精通するうちにInvasionの手の内も見えてくる。なので、軍のもと、宇宙船を繰り出し、きてれつな仲間たちを集め、謎の解決に向かうのだ。物語の軸はこのようにシンプルで壮大なスペースオペラ。ただし、プロットの中心は戦いではなく、『Babel-17』の謎解きである(Rydra = riddleだろう)。Rydraは、英語より高次の『Babel-17』を体得するうち、認識の速度が速まり、転じて周りが遅く見えることに気づく。あるいは『言語体系』である『Babel-17』が人間の内面に作用し、支配するなど、こうした『Babel-17』にまつわるいくつものエピソードから、ファンタジックな姿を借りながら、『言語を認識するとは?』という非常に知的でメタなテーマが浮かび上がってくる。
魅力的なのは、個性的な登場人物たちと、彼らとの会話だ。Rydraを子どもの頃から見守る師匠のMocky(バックトゥザフューチャーのドクのようなイメージか)、Rydraがリクルートした宇宙船Rimbaud(ランボー)のきてれつなクルーたち(最後まで”Sulag(なめくじ?)”が何なのかわからなかった笑)、貴族なBarron ver darco、などなど。彼らとRydra Wongの会話の中で、『言語』『認識』『コミュニケーション』など、ある種哲学的な理論が展開される。
やがて謎の記憶喪失者"Butcher"の登場で物語は動きだす。Rydraは、彼が話す言葉の中に、"I"という人称が欠落していることに気づく。そして、元犯罪者であり、冷徹で残忍に見えるこの男の表層からうかがえない内面の何らかの魅力を感じ取る。Rydraが伝える"I, my, me, mine"といった人称の概念を"Butcher"が次第に理解し体得していく。冷徹な"Butcher"が"I"と"You”をひっくり返しながら懸命に心情を吐露する場面は感動的だ。そしてその後二人を軸に『Babel-17』の真実の解明と意外なエンディングへと向かっていく。
死者がよみがえったり、羽が生えた人がいたり、そもそもInvasion側の説明もたいしてない。こうした最後まで説明されない部分が多く、『大風呂敷』と見なす意見があってもおかしくない。しかも謎解きは、最後の数ページでたたむので、『食い足りない』と感じる向きもあるだろう。しかし、むしろ細部を説明しないことで空想の幅が広がり、もって成立している物語なのだろうと思う。前段がゆったりしている分エンディングへなだれこむ小気味よさは爽快に感じた。
Rydraが最後にButcherに向かって言う
〜still laughing, ”But I'll be your defense! And even without Babel-17, you should know now, I can talk my way out of anything"
一読では?だったが、人称をいじったお茶目な台詞だ。
『美女と野獣』のようなロマンチックな筋でありながら、哲学書のような側面もあり、さほど大作というほどの分量ではないが、自分の読解力が貧すぎて、いったい今誰が何を話してるのか、かなりさまよいながら、読了までさすがに時間がかかってしまった。電子辞書でも太刀打ちできない箇所も結構あった。翻訳ならもっと易しいはずだが、原文の会話の妙は味わえない。気持ちとしては1行も取りこぼしたくない気持ちにさせる一冊だった。

ちなみに表紙は早川からの邦訳本(『バベル-17』:絶版)の圧倒的にすばらしい表紙絵にくらべ残念なアートワーク。



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