The Cosmic Rape / Theodore Sturgeon




10冊目。
Theodore Sturgeonの”The Cosmic Rape”(『コスミック・レイプ』)を読了。サンリオSF文庫で翻訳済だがもちろん絶版。
Sturgeonといえば”More Than Human”(『人間以上』)など、SF入門初級編で一度は通る作家なのだが、深くは読み込まなかった作家の一人だ。本書はなかなか刺激的なタイトルだが、宇宙空間で強姦されるといったたぐいの話ではない。まずは、軽くストーリーをご紹介しよう。

遠い宇宙の彼方から地球に、とある生命体がひそやかに侵入する。それは永遠の生命体で、宇宙の深淵の隅々まで占有する”hive mind(群居精神)”のような総体をもつ。つまり、宇宙の隅々にありながらおのおの単体としての概念がなく、自己を「知性」あるいは「集合」としてしか認識できない存在なのである。恐れの概念もない生命体は地球を見つけ、強弁に人類を自分の種として取り込もうとやってきたのだ。つまりコスミック・レイプである。

男の名は”Gurlick(ニンニク)”。彼はホームレスの上に心もすさんでしまい、酒場のバーフライからも疎んじられ、恨み節をつぶやくしか芸の無い悲しい男だ。この物語の主人公である。ある時、街のどんつきのゴミ缶でみつけたハンバーガーを口にしてしまう。実は地球に侵入したレーズンのような生命体のいわば”The Spore(胚種)”が、巡り巡ってその中にひっそり収まったいたのだ。うっかり口にした”Gurlick”は寄生され、そこから生命体との妙な関係が始まる。

おそらく女性として発現するからだろうか、”Medusa(メデューサ=ギリシャ神話の見た物を石に変える頭が蛇の女鬼神)”と”Gurlick”が心の中で呼んだその寄生生命は、精神的プレッシャーをかけ、”Gurlick”にいろいろ指示をしてくる。また”Gurlick”を通し、地球や人類の観察を始める。”Medusa”の指示は、左手で針の穴を通すようなもどかしさではあるものの抵抗は出来ず、涙ながらに不平を言うしか出来なかった。”Medusa”は”Gurlick”を著名な脳学者の元へ足をはこばせ、”Gurlick”の脳波の診察を通し、人類の精神の構造を見抜く。しかし、彼ら(彼?)のような全体で一つの概念として生きる生命体に、個別の人格、個性、物の考え方、人種、言語などの多様性は相容れないものである。”Medusa”は人類もまた統合(unifying the mind of humanity)してしまおうと画策するのだ。

次に”Gurlick”を街の家電屋に足を向けさせ、さまざまな金属類など雑多な素材を仕入れさせ、それをもとに人類の精神を取り込み統合するマシンをDIYさせてしまう。こうして各地でマシンが発動し徐々に人類を統合し、その最終型を”Medusa”が支配すればよいわけだ。表紙のイラストはそのシーンを描いているようだ。
”Medusa”の人知を越えた侵略に、人類もまた大きく抵抗を見せる。そんなさなか、”Get Gurlick out of here!”、”Medusa”はこの禍のおおもととなった、うっかりものの”Gurlick”を、マシンの”was calculating capacity(キャパを計算)”され、せっかくの統合の中からペッ、とはき出されてしまう。
さまざまな人々がマシンに取り込まれるのだが、これらの人々の物語がサイドストーリーとしてちりばめられている。たとえば幼児期に虐待を受け、音楽的才能がありながら凶暴な殺人鬼と化してしまった少年”Guido”、子どもの頃に心を閉ざしてしまった少年”Henry”、誇り高きアフリカの戦士”Mbala”など。こうした社会的弱者がフォーカスされ、これらの悲愴的なサイドストーリーが、どんでん返しといえる物語の結末をより効果的に効かせている。
さて、人類の行く末はどうなるのか? ”Gurlick”の運命は?

この物語をどう読むか? 
毒をはきながら、どこか”Medusa”を甘受し、翻弄されていく”Gurlick”の物語で思い起こされたのは、大きな魚に飲まれ3日後吐き出されるなど、一見不条理な神のみわざに、不平不満を言いながらも従うほか無かった旧約聖書の預言者の物語、ヨナ記だった。
また文体であるが、形容詞や副詞、場合によって名詞のたたみかけが頻出する。これは、なんとなく昔話や童話を感じさせる手法で、ドキュメンタリーとは反対の「こんな話があったとさ」的なムードである。
物語の行き着くところも人類が”beautiful entity(素晴らしい実存)”になるという、かなり楽天的な思想に基づく概念でもある。1958年に書かれた本書はやはり当時の冷戦下の東西の思想的な違い、全体主義と自由主義について、Sturgeonのアメリカ人としての観察が色濃く反映されているアイロニカルな寓話と見るべきではないだろうか。
万人におすすめ出来ないかもしれないが、非常に面白く読めた一冊である。


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