The Paper Menagerie and Other Stories / Ken Liu (2)





静かな”grief”の中を漂う感覚



SFにかかわらず、初めて読む作家の披露する語り口もしくはリズムみたいな物に、読み手であるこちら側の思考をアジャストするのにけっこう時間がかかるものである。しかも短編集のように、個々の作品の発表されたときところは違うのに、それらが一冊にまとまると作家の何らかの統一した思考がおぼろげに見えてきて、「そうか、そういう世界観か」などと得心するのにも時間が必要なのである。そうした意味では本書はとても時間のかかった一冊であった。

通読してまず感じたのは作者が非常にインテリで、かつ優れたストーリーテラーであることだ。また、精緻に描きこんでから、ぱっと場面を切り替えてみせる章立てや、感傷に耽溺する寸前ですっと引いて、余韻とともに読み手にテーマを預けてしまうまとめ方は、なかなかのテクニシャンという印象でもある。新刊なので当然だが文章自体はこれまで読んできたSFの中では断然現代的で、むしろ平易な読み心地であった。手のひらの上のような小さな世界から宇宙の行き着く果て、あるいは俗的な感情から人間の根源的な業のようなもの、生命について答えの得られない問いかけ、こうした大きなテーマを、興味深いストーリーで読ませる力のある作家だと感じた。

また、主に中国や日本に関する具体的な題材をとりあげつつ、物語は暗喩に満ちていて、なるほど「東洋的」な静謐でミニマルな感覚に満ちた佳作が揃っている。そうした題材をSFというフォーマットに持ち込んで読ませるというのは、中国出身の米国人ならではの発想だと感心した。ただし、それは西欧が受け入れやすい「ザ・東洋」的世界観だろう。本書の諸作は一応SFというくくりだが、ハードボイルドなアクションSFから、抽象的なファンタジー、まるで中国の故事のような物語、歴史を扱った物語など、SFというジャンルだけではくくれない振り幅を見せている。著者自身、序文でこう述べている”This collection thus has the flavor of a retrospective for me. (中略)I don't pay much attention to the distinction between fantasy and science fiction --- or between “genre” and “mainstream” for that matter.”(したがって、本編は私にとって回顧展のような味わいをもっているのです。(中略)それについて、ファンタジーとSF小説 --- あるいは「ジャンル」と「主流」の区別にとくだん注意を払いません。)。

SFを読んでいるとき、著者を思い浮かべることはほぼない。アシモフもハインラインもディックもいわば「記号」のようなもので、「なんで彼はこんな話を書くんだろう」などとはまず考えない。著者の提示する世界観にひたることが読書の目的になっているからだ。たとえば純文学など読むときは真逆である。常に著者を意識し、知らずの内に著者の思考に少しでも近づこうと脳内で奮闘している。そしてその思考に共感したり、たとえ共感できなくても、なんらかの感情に捉えられるのが読書の妙味である。そうした意味で本書は広く「文学」であると考えたほうがよさそうだ。本書の作品中「日本」あるいは「日本人」が多く取り上げられている故、なおさら読みながら著者の思考、あるいは意図のような物に近づこうとしている自分がいることに気づく。

多くの物語は、ある種運命づけられた「生」と「死」の奔流の中で否応なく流される人々の物語である。本作中唯一の未訳の “The Man Who Ended History: A Documentary”(おそらく翻訳されることはないと思われる)を碇のように本書の最後に置いたKen Liuの並ならぬ意思を感じる。その一節にこうある。 ”We are born into strong current of history, and it is our lot to swim or sink, not to complain about our luck”(P433)(われわれは歴史の奔流のただ中に生まれ、泳ぐか沈むかが全てで、われわれの運に異を唱えることではない。)。現実の世界であっても、虚構の世界であっても、物語を通底するのは著者の静かな”grief”である。安易には共感できないかもしれない、しかし、ただただ物語の中を漂い、ひたることもまた本書の読み方なのではないだろうか。

もしこれからKen Liuの作品を読んでみようというのであれば、ぜひともあらすじなどの前情報なしで読んで欲しい。そして、同じように物語の中を漂いながら共感したり、感傷にひたったり、あるいは反発してもいい。本書はSFのひとつの新しい位相を提示した傑作といえるだろう。

それでも、あらすじをが知りたい向きは次回で。

(つづく)

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply