The Paper Menagerie and Other Stories / Ken Liu (3)





アウトライン(前編)




“The Bookmaking Habits of Select Species” (『選抜宇宙種族の本づくり習性』)

いかに本(智の資産)が継承されるかについて、宇宙のさまざまな独特の手法を持つ種族が粛々と紹介されていく。それらは食物連鎖のように関連を見せながらも、やがて智そのものの価値は解体され、本の継承は、ある種、無為の行為のようなものにたどり着いていくという、東洋的な永劫の思想も見え隠れするし、どこかとぼけた味わいもある寓意に満ちた一編。


“State Change”(『状態変化』)

OLのRinaは生まれたときに、魂が物質化してひとかけのice cubeになってしまった。以後、彼女はそれが溶けてしまわないよう、冷蔵庫にしまったice cube常に見守っていかなくてはいけない。内向的な彼女は、さまざまな古書のバイオグラフィーの世界に浸る愉しみを見いだしていた。バイオグラフィーに記述されている世界と現実世界のレイヤーが重なり合いながら、次第に彼女の心境に作用していく。静かでせつない結末は心に染みるようだった。


“The Perfect Match”(『パーフェクト・マッチ』)

"Tilly"と称するCentillion社のAIによるおせっかいな"auto suggestion(自動コンシェルジュのようなもの)に人類が支配されている、ありがた迷惑な近未来SF。あたかも某りんご社の音声秘書機能のゆく末を描いたようなデスフューチャーに対するレジスタンスもの。ありがちなストーリーではあるが、最後のひねりはけっこう効いている。


“Good Hunting”(『良い狩りを』)

西欧の支配下となり急速に近代化されていく中国と、しだいに衰退せざるを得なくなってしまった伝統的な"もののけハンター"の父子の物語と重ねながら、古来より続いた魔法の世界が薄まり「古き良きもの」が、止めることのできない文明の奔流に飲み込まれていく姿を描いている。"hulijng(妖狐)"Yanの咆吼がHong Kongの都市の彼方に響くラストシーンは胸にせまる。ストーリーテラーとしての著者の力量が遺憾なく発揮された本編は、個人的には本書のベストワンと推したい。


“The Literomancer”(『文字占い師』)

1961年の台湾。 Lillyは駐留米軍のベースにある学校が好きではなかった。ほかの子たちはみな軍属の子息だったが、彼女の父は政府の機関に属していたので浮いた存在だったのだ。ランチの時、せっかくの中華弁当の醸す異文化の匂いのせいで彼女はクラスの子たちから陰湿なイジメの洗礼を受け続けていた。ある時、不思議な老師Mr.Kanとその子供Teddyと出会う。Mr.Kanは彼女の身になって、漢字に秘められた美しい意味合いを通じて、誇り高く豊潤な中国の文化の伝統を解き明かす。そしてイジメに対して、とっておきの秘策を伝授するのだった。しかし優しき老師のことをLillyが父に伝えた時、物語は突如、悲劇的な方向に進む。無垢な子供の心情と、反共の凄惨な拷問シーンの対比は、時の不条理を感じずにはいられない。それは英文と、その中に浮かぶ漢字の、けして混じり合うことのない書体の対比によって、いっそう鮮明に訴えかけてくるようだ。


“Simulacrum” (『シミュラクラ』)

アメリカの途方もない富豪のPaulは、ある種の高度なテクノロジーによって現実世界を記録し、レプリカの現実として保存する技術の虜となっていた。そんな父を嫌い距離を置いていた娘Annna。彼女は父の不倫に気づいていたのだ。父、娘、そして母。家族の断絶が、ゆるやかに恢復のきざしへ向かう小編。


“The Regular” (『レギュラー』)

近未来、人類は"body enhancement"(さまざまな肉体の機能を補助的に増強していく、サイボーグ化)が進んだ社会だった。中年の中国系女性私立探偵Ruth Lawは、"regurator”と呼ばれる一種の精神安定装置と、手足に強力な増強装置を施した、ややくたびれているが有能な探偵だ。彼女はあるとき、連続して起こった若い売春婦の殺しの裏に隠れたある共通点を見いだす。そして"The EchoSence"と呼ばれる技術によって捉えた殺しの現場の残像から、冷徹な殺人鬼"The Watcher”を追いつめていく。本書では珍しくアクション色の強いハードボイルドな一編。


“The Paper Menagerie”(『紙の動物園』)

ヒューゴー・ネビュラ・世界幻想文学大賞の3冠を受けた表題作。Jackは米国人と父と中国人の母の間に生まれた。母は裏紙で折り紙の動物をたくさん折ってくれた。それは魔法のように生命を持って動き、さながら折り紙の動物園のように、小さなJackの心を慰めてくれたのだった。しかしそんな母をJackは少しずつ疎ましく思い始める。英語をけして使おうとしない母親のことを友人から揶揄されるからだ。Jackの成長とともに魔法は忘れられ、折り紙はただの紙となり、母も他界してしまう。成長したJackは、あるとき思い出の古い折り紙の裏側に、母の長い手紙がしたためられているのに気づく。そこには、母のけして語ろうとしななかった、彼女の出自が切々と記されていたのだ。誰しもある「幼い頃どうしてあんなこと言ってしまったんだろう」というほろ苦い気持ちを思いおこさせる、やさしい一編。ちょっと西岸良平っぽくもあるかな。


“An Advanced Readers’s Picture Book Of Comparative Cognition” (『上級読者のための比較認知科学絵本』)

植物的なTelosianは刺激を記憶し、いつでも取り出せる器官が芽吹いては枯れ、ただ更新を繰り返すだけの生命体。Esptronはクジラ大のクラゲのような生き物で、2対が合体して記憶を交換し見せ合う。Tic-Tockは岩に覆われた星のようだが表面を削ると地下にウランの分裂による思考と記憶のメカニズムがある。いかに実体験を記憶にとどめるか、いくつかのサンプルが説明されるながら、太陽系の彼方の"FocalPoint"の宇宙船での、母と子の運命の物語が浮かび上がってくる。多少理解するのに努力が必要だった、トリッキーな一味わいの一編。


“The Waves” (『波』)

Maggiは家族らとともに太陽光船で植民星61Virginisへの400年の旅に赴いている。不老技術によって不死性を獲得した彼らは、たどり着くまで生きながらえることが可能だったが、長い時間によって彼らの間に少なからず意識の差が生じるようになった。永遠の若さを選んだ彼女に対し、夫のJoaoは老いの進行を選択し死んでいった。そして皮肉にも、途中で追いついてきた地球から後発組はさらなる高次の不死性を獲得していた。不死を突き詰めた彼方に神話と同質の意識世界が浮かび上がってくる。奔放なイマジネーションが実を結んだ物語である。


“Mono No Aware” (『もののあはれ』)

ヒューゴー賞受賞作。小惑星の衝突が迫った地球から脱出するための太陽光帆船は、限られたメンバーを乗せ61Virginisへの(こちらの場合は300年)の旅に赴いている。北九州で育った日本人の少年ヒロトは身内を残し、只ひとりの日本人として乗船を許された。船の設計者Dr.Hamiltonと両親とが旧知の間柄だったので特例を得ることができたのだ。故郷も両親も置いて生き延びたヒロトは幼き日に触れた、芭蕉、囲碁、漢字を反芻しながら、忍ぶ心、自己犠牲といった日本人の文化に内包する"もののあはれ"の神髄を回想する。やがて船の帆に致命的な故障が見つかる。すでに青年となっていたヒロトは、船外補修に向かい、とある決断をするだった。本編に描かれている日本人像は、むろん欧米人がイメージしやすい、いささか美化されものであるが、紡いでいるイメージはやはりみずみずしく、深い感動を呼び起こす。



本書はここまでで半分ちょっと過ぎくらいである。ここまでの諸作品はもちろん著者の個性が遺憾なく発揮された珠玉の作品集といってよいだろう。しかしこれ以後の4編(2つの短編と2つの中編)に至っては、己の見積もりがまだ低すぎたことに愕然としたのだった。


(つづく)

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