The Paper Menagerie and Other Stories / Ken Liu (4)





アウトライン(後編)




“All the Flavors” 『万味調和』

本編はSFではない。
サブタイトル"A Tale of Guan Yu, the Chinese God of war, in America"(中国の軍神、関羽の物語 イン アメリカ)からわかるように、三国志のヒロイックなファンタジーの要素もあるが、むしろ米国に渡った中国の人々の苦闘の遍歴を主軸として、そこに見える中国の強靱な精神の物語を、情感を込めて語る一種の大河物語といえるだろう。本書で一番長い一編である。

時は1800年代後半。ゴールドラッシュに沸き立つアイダホの鉱山の街が舞台だ。白人のSeaver家は、つつましくストアを切り盛りしている実直なJackとその妻のElsie、そして娘のLilyの3人家族。当時、アイダホは多くの中国人が生活していたのだった(1870年の統計で28.5%が中国人)。彼らの多くは金鉱の鉱夫として泥だらけで生計をたてていた。Jackはsaltbox(前が2階建、後ろが1階建の簡素な家)を中国人鉱夫たちに宿舎として貸していた。中国人の文化に理解を示していたのだ。対してElsieは中国人の異文化をやや疎ましく感じていた。

寄宿する鉱夫たちの中で、Lee将軍(偉人とされている南軍の将)のような立派なひげをたくわえた、真っ赤な顔の大男、Loganは目立つ存在だった。Loganたちの話す言葉、不思議な異国の歌、みたことのない料理とその香り、好奇心旺盛なLilyはいつも窓から眺めていたが、しだいに飽きたらず、彼らを遠巻きに観察するようになった。ある日、鉱山から仕事帰りのLoganたちは、ガンを手にした街のならず者の白人2人にからまれてしまう。砂金をよこせというのだ。Loganは渡り合い、片割れを殺し、自身も大きな傷を受けた。その一部始終をLilyは目撃してしまう。

この事件をきっかけに、Lilyは堂々としたLoganにますます心を開いていく。Loganは彼女に長い長い物語を語り始める。それは中国の武将、関羽の戦いの物語だった。軍神関羽の不屈の精神は時を越え、困難を極めたLoganたち移民の旅路の物語へとつながっていく。物語に耳を傾けるうちに、Lilyに少しずつ中国の移民に共感するものが芽生えてゆき、それは家族、そしてLoganを知る人々の心にも及んでいく。

しかし平和な時間は暗転を迎える。白人を殺してしまったLoganは訴追され、法廷に立たされることとなる。祖国を旅立ち、苦闘の末、ようやくアイダホの地で米国人として生きる道を選んだLoganに、はたして本当の道は残されているのか?

無垢な少女と、タフな大男の組み合わせはわりあい定型であるし、関羽の物語はおそらく三国志好きの方面には物足りないサイドストーリーかもしれない。しかし繰り返すが、著者が誇りをもって訴えるのは苦闘の物語通して鍛錬された中国の強靱な精神であり、読み手は著者の描く物語の海を漂いながら、さきに述べた、通底する静かな"grief"を味わうべきではないだろうか。
結末はいささか楽天的かもしれない、しかし喝采せずにはいれないだろう。



“A Brief History Of The Trance-Pacific Tunnel” 『太平洋横断海底トンネル小史』

「流れを変えた時間」を扱ったSF。昭和が眼前に迫った1920年代後期、時代は世界的な恐慌に突入していた。日本は経済的な切り札として米国と手を結び、上海・台湾・東京を経由しシアトルへ貫通する5,880マイル(およそ9,460km)におよぶ「太平洋横断海底トンネル」の構想を打ち立てる。

工事は1929年から10年に及び、700万人近い労働者が従事した。1938年、ついにトンネルは開通し、空気でカプセルを送り出す方式の衝動緩和式のモノレールによって、上海からシアトルまで2日程度で移動が可能となった。経済は活性化し、太平洋戦争は回避された。(ついでに国家社会主義ドイツ労働者党も大敗する)

海底トンネルの技術長として従事した台湾人Charlieは、完成を見たトンネルの開通セレモニーを誇らしく立ち会った。太平洋の底深く、トンネル内の中継都市"Midpoint city"にささやかな居を構える彼にとって、地下深くで10年あまり過ごした孤独な日々は、地上の世界よりむしろ居心地の良いものとなっていた。そこで米国女性Bettyと出会う。

物語は繰り返し「太平洋横断海底トンネル」パンフレットや報道の抜粋をおりまぜ、改変された史実を読み手に追体験させながら、Charlieが、自身にとっての海底トンネル工事の本当の意味合いに邂逅していく姿をとつとつと描いている。この混沌とした手法が、時の奔流の強烈な推進力を感じさせながら、いささか平凡な道徳メッセージを説得力のあるものにしている。



“The Litigation Master and the Monkey King” 『訴訟師と猿の王』

SFのような、ファンタジーのような、故事のような、不思議な味わいの一編。
時はQianlong Emperor(乾隆帝)の栄える清国。Tian Haoliは粗末な竹の小屋に住む。身なりも貧しく、50大なのに10は年を取ってみえた。庶民にもかかわらず、読み書きができる不思議な隠遁者として知られていた。Tianは官報でも読みながら、ひねもす飲み食いしている幸福を満喫していた。

偉大なる皇帝も、Yamean(地方官衙)が権勢を誇る一地方にまでには目が及んでいなかった。庶民は何らかの追訴を受けると、Yameanの法廷に立たされ、生死をジャッジされる。読み書きのできない庶民にとって法廷はミステリアスで、その中ではただただ無力であった。そんな庶民が時おりTianのもとに助けを求めに扉をたたいてくる。Tianは読み書きと知惠、そして隠されたもうひとつの能力で、被告となった庶民の側に立ち、裁判をひっくり返すことに喜びを感じている「訴訟師」だったのだ。

Tianの隠された能力。それはMonkey King(猿の王)の存在だ。彼にしか見えない(あるいは存在しない)、時としてアドバイスし、助けてくれる心強い猿の相談役だった。(ローダンシリーズに出てくるアトランの付帯脳を彷彿とさせる)あるとき例によって一人の母親が相談に来る。それは土地の訴訟から、やがて中国史「禁じられた書」を巡る訴訟に発展し、引き返せない運命へと流されていくだった。

物語の背景にある凄惨な中国の史実に対して、著者はあえて寓話のような語り口で飄々と物語を進め、うまく料理している。



“The Man Who Ended History: A Documentary”未訳

本編はSFである。
中国系米国人歴史家のDr. Evan Weiは、日本史を専門とし日本文化を理解していた。妻で科学者の桐野明美は日系米国人で、ふたりは学生時代に知り合い、人も羨む仲であった。Dr. 桐野が"Bohm-Kirino"とよばれる、タイムトラベルを可能にする素粒子を発見し、Dr. Evanが、旧日本軍の知られざる秘密を知ったとき、二人の環境は激変してしまう。

中編ではあるが長いというほどではない。しかしながら読み通すのに1週間くらいかかってしまった。やはり扱っているテーマがテーマなだけに、どうしても調べてみたり、自分なりにとらえてみようとしたり、あるいは読むのが辛くなったり、いろいろだったのだ。

Ken Liuのある種のフェアな観点は伝わってくる。しかし中心である「タイムトラベルのよって証明された旧日本軍の残虐行為」というプロットにはどうしても無理筋な印象を受けてしまう。しかし、無理筋を通してでも、本書の最後に、まるで碇を下ろしたかのようにがっちりと収録させたKen Liuのすごみのようなものは伝わってくる。人間の残虐性を認識し、議論する。SFはそれが許される、数少ない方法論なのかもしれない。



***



Ken Liuはあたかもはじめから意図したかのように各編を絶妙の順に配置することで、各編が響き合い、一つの強烈な個性を醸し出し、本書の完成度を高めている。是非とも、また読んでみたい作家の最前列に上がったことは間違いない。

最後に表紙の折り紙の虎が非常に印象的だが、ハヤカワ文庫SF『紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1) 』の表紙は似たデザインだが、イラストになっている。




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