Vermilion Sands (2) / J. G. Ballard





アウトライン(2)


“Cry Hope, Cry Fury!”  『希望の海、復讐の帆』(1966)

毎夏、Vermilion Sandsが観光客や前衛映画の撮影隊で賑わうころ、Robert Melvillは会社を閉め、ひとりCiraquitoから5マイル離れた”sand-sea”(砂の海)にあるビーチハウスに滞在していた。ガラスの砂のような砂漠が広がる”sand-sea”にヨットで、その地で生息する”sand-ray”(砂エイ)のハンティングにを繰り出していた。食料も尽きたころ、ヨットの上空に羽が8フィートもある”sand-ray”が飛来してきた。モリを打って仕留めることができたものの、彼も足に大怪我を負ってしまう。そこへ巨大なヨットが横付けしてくる。幻影のように立つブロンドの髪の青白い表情の女性、そしてクルーたち。どうやらしとめた”sand-ray”は彼らのもののようだった。女性の名はHope Cunard。彼はHopeの異母兄弟のFoyle、秘書のBarbara Quimbyを紹介され、滞在先の空中に浮かぶ楽園の島”Lizard Key”で、怪我が癒えるまで骨を休めるようにうながされ、それに従うことにする。
”Lizard Key”で休養中、Robertがふと口にした”The Ancient Mariner ”の一節をHopeは耳にし、彼が詩人ではないかと関心をよせてきた。そして”Maldoror”(ロートレアモンの『マルドロールの歌』)を読んでいる彼の肖像画を書かせて欲しい、と懇願してきたのだ。Vermilion Sandsでは絵画の技能はもはや必要なくなっていた。感光する絵の具をキャンバスにペイントするだけで自然に対象物から作用を受け、数日で仕上がるのだった。FoyleはHopeに、一度も描かせてもらえなかった彼女の肖像も描きたいと申し出た。こうしてRobertとHope、2枚の肖像が同時に描かれることになった。
2枚の肖像は、始めは奇妙な胎児のようなモダンアートのフォルムから、次第にJackson Pollock、後期のPablo Picasso、未来派から立体派、そして印象派、そしてGustave Moreauの暗い描写へと“revers evolution”(転換を発展)していった。
完成した肖像画を見てRobertはあることに気づく。Hopeの肖像に描かれたテラスの背後にある地平線の彼方に立つ白いジャケットの男の存在を。そして日増しにその輪郭が明瞭になっていくのだった。白いジャケットの男、それは”sand-sea”で行方不明になっていたHopeの恋人、Charles Rademaekerに酷似していた。
不思議な生物”sand-ray”が砂上にたゆたい、亡霊船のようなヨットが航行する。変化していく絵画に運命を絡め取られていく、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』を思わせる着想。シュールレアリスティックな幻想物語。


“Venus Smiles”  『ヴィーナスはほほえむ』(1967)

Mr.Hamiltonは、仲間のRaymond Mayo(同名の人物は“The Screen Game” でも登場)、そして秘書のCarolと3人で地元のアーティストを支援する委員会を設立していた。Carolはいつものように5千ドルも払ってしまったファインアートと称するものについてぼやいていた。それはLorrain Drexelというアーティストの製作した”Sonic Sculpture”についてだった。Lorrain Drexelは高飛車でエレガントな女性で、GiacomettiやJohn Cageとも懇意の中らしく、著名なポップシンガーと死別していたセレブリティでもあった。彼女は世界中を巡り、3ヶ月前からVermilion Sandsに滞在していた。Mr.Hamiltonの委員会は、彼女の作品をVermilion Sandsの広場の中心に置く計画を立て、セレモニーまでしたものの、奇妙な外観から発するひどい音色にがっかりした客が皆帰ってしまうほどの不評だった。Lorrain Drexelは失意の中、作品を残し去ってしまい、後日電話で作品の処遇は委員会に任せるとの連絡があった。
ひとまず作品をVermilion Sandsの広場に置いて、彼らはしばらくの間その存在を忘れていたのだが、ある日のことCarolが妙なことに気づく。Lorrain Drexelの”Sonic Sculpture”が「動いている」というのだ。半信半疑のMr.Hamiltonが確認してみると、たしかに自分で移動をし始めている兆候が確認できた。しかも鉄製にもかかわらず徐々に育ち始めているかのように、大きくなっているのだった。それに従い音色も格段に進歩し、5つのピアノコンチェルトを一度に鳴らしていた。作品はやがて、手がつけられないほど巨大に育ち、シンフォニーを騒音のように奏でていた。
作品の扱いの困ったMr.Hamiltonは、弓のこで一部を切って、近所に住む風変わりだが愛想の良い好人物のDr.Blackettに検査してもらった。Dr.いわく、鉄製だが植物のようでもあるということだった。Raymondは珍品に随喜の様子だったが、Mr.Hamiltonは困ったお荷物と感じていた。そして、さらに巨大化した作品の存在が、彼らを窮地へ追い込むビッグトラブルへと発展していく。天使は誰にほほえむだろうか?
読んでいて、はた迷惑な”Sonic Sculpture”のフォルムが気になったのでこんな感じかなと思ったのだが、どうやらこれが正解のよう。3人の若干のんきなキャラクター。しっかりとしたオチ。本書の中でも、珍しくユーモラスで暗い影のない一編である。


“Say Goodbye to the Wind”  『風にさよならをいおう』(1970)

Mr.SamsonはVermilion SandsのRed Beach(”sand-sea”のビーチ)近くで”Top Less in Gaza”というブティックを経営していた。アールヌーボーのアイパッチをしたGeorge Conteは良きパートナーで、責任を持ってブティックをきりもりしていた。扱っているのは”bio-fabric”(生命のある織物)で、彼の店は開店2年の間にVermilion Sandsの富裕層のセレブリティたちの注目を集めていた。”bio-fabric”は周囲の環境に反応して、色や質感、を瞬時に変える特性を持っていた。Georgeの扱う”bio-fabric”は、特に購入時よりも生命を持ったようともっぱらの評判であった。彼は仕事に対して厳しい分、顧客にも厳しく、”less than Dietrich-like”(デートリッヒにおよばない)不似合いな客がたまたま試着しようものなら、地悪く遊園地の”inert-wear”(不活性服)の店を勧めたりした。Vermilion Sandsでは”inert-wear”は変人か浜の浮浪者くらいしか着ない代物であったのだ。
Raine Channingはその日、秘書とともに来店し、”bio-fabric”を買い求めた。彼女は元女優で、ファッション誌に写真が数多く掲載されるティーンエイジャーのカリスマだった。というのも、彼女のは20代初頭から美容整形を繰り返し、いつまでも外見は15歳に見える処置を施していたのだ。それは美しくもぞっとする70年代に遺された遺物だった。彼女の視線にはCarole LandisやMarilyn Monroe自殺が映し出されていた。彼女の後見人Gavin Kaiserは最初に”bio-fabric”でデザインをした人物だったが死亡していた。Mr.Samsonはある夜、ビーチのナイトクラブのフロアで古いfoxtrotをレコードで流しながら、浜の浮浪者とダンスをしている不思議な光景を見かけていた。
ところが後日、Raine Channingの秘書からGeorgeに怒りの電話が入った。買い求めた”bio-fabric”がダメになってしまったというのだ。それどころかワードローブのガウンやイブニングドレスまで、全て腐ったバナナの皮のようにしおれてしまっていたのだった。”bio-fabric”は、非常にセンシティブで、人間の怒りや叫び、ドアをぴしゃりと閉じた音など、ネガティブな環境の影響で”self-distruction”(自己崩壊)してしまう欠点があった。Mr.SamsonはひとまずRaine Channing邸へ向かったのだった。
美に絡め取られた女性の冷たい炎のような情念と、”bio-fabric”に幻惑される男たち。人造的な美に翻弄された人間の行く先にあった運命は何か?


“Studio 5, The Stars”  『スターズのスタジオ5号』(1961)

The StarsのStudioの住人の大部分は非生産的な画家や詩人たちであった。前衛的な詩を批評する雑誌”Wave IX”の編集者、Paul Ransomもその一人だった。真夏の夕暮れ、彼のバルコニーに、ばかげた詩の一節がプリントされた色とりどりのリボンのようなテープが雲のように吹き溜まるようになった。どうやら300ヤード離れたStudio 5の隣人から流れ飛んできているようだった。隣人の名はAurora Dayという美しい女性。Ransomは何度かドアホンを鳴らしてみたが反応は無かった。迷惑なテープの山にいよいよ業を煮やし、Auroraへ不満をぶつけに行くが、途中お抱えのちびの運転手が、ピンクのCadillac EL Dorado convertibleのダッシュボードから笛を取り出し、いらつく音楽を奏でると竜巻が彼を取り囲み、気づくと車も運転手もいなくなっていた。こうして煙に巻かれ、彼女に直接会うことはできなかった。
Vermilion Sandsではすでに手書きの詩は衰退し、IBMの”VT”(韻文転写機)というマシンによる”automatic novel”(自動文章)が一般的で、人間はもはや手書きで詩を書くことは困難であったのだった。吹き溜まった切れ切れのテープは、ShakespeareやKeatsの一節がプリントされていたが、あきらかに”VT”が支承を来しているような根本的な間違いが散見された。
Ransomはある夜、彼女がちびの運転手と、リボンのような大量のテープ、それに空にたゆたう”sand-ray”(砂エイ)を従えて、砂漠をさまよっている姿を遠巻きに見かけた。視線は不透明で白い肌をした顔は大理石のマスクのように動きも無く無表情で、Ransomはただならぬものを感じた。恐らく彼女は「詩人のような」体のファンタジーに浸っていると推測された。やがて、彼女の行動はさらにエスカレートし、彼女の「詩」を運転手が毎日届けてくるようになった。そして彼の編集する”Wave IX”にぜひ掲載して欲しいというのだったが、あまりのひどさに彼は拒絶する。彼女は自分が手書きの最後の詩人であると言うのだが、その詩は明らかに程度の低い模倣であったのだ。編集仲間のTony SappherやRaymond Mayo(またまた登場)は案外悪くないのではというのだが、Ransomはけして受け付けなかった。
彼女の「詩の砲撃」がエスカレートしていく中、”Wave IX”は無事出版され、見本刷り500部がRansomのもとに届いたのだが、中身を見て大きな衝撃を受ける。どういうわけか内容が全てAuroraの詩に入れ替わっているのだった。さらに追い打ちをかけるように、Auroraは不思議な術で彼の家中に文字を浮かび上がらせ、彼の体にも文字のタトゥが浮かび上がる始末だった。彼は降参し、あらためて彼女の本心をじっくり聞くこととなった。彼女は”VT”を全て破壊し、手書きのみの詩集の出版を求めてきた。彼女の「手書きの詩」に対するオブセッションに男たちは手を焼くのだが。Ransomは一計を案じる。
滅びてしまった「手書きの」詩という甘美な響き、砂漠にテープが流れる美しい光景、たびたび引用されるDaliの絵画、不可解でシュールレアリスティックなテイストが貫きながら、意外な結末へと収束していく。


“The Thousand Dreams of Stellavista”  『ステラヴィスタの千の夢』(1962)

”No one ever comes to Vermilion Sands now,
and I suppose there are few people who have ever heard of it.”
(今やヴァーミリオンサンズを訪れる者はなく、それを耳にした者もごく少数ではないだろうか。)

初出は1962と本書の中では比較的初期の作品になるのだが、Vermilion Sandsの終焉を淡々と語る冒頭から、たしかに本書の最後を飾るに相応しい一編とみることができる。
物語は弁護士のHoward Talbotの10年前の出来事の回想である。彼はRed Beachから20マイル離れたダウンタウンに法律事務所を開業していた。妻のFayとともに、新居を物色しにVermilion Sandsの住宅物件を見て回っていた。すでに見捨てられた遊園地のように人気のないVermilion Sandsでも、”Recess”(打ち切り)までは映画スターたちの一夜の歓楽地であった名残は残っていた。
Vermilion Sandsの初期の大部分の家は”Psychotropic(PT) house”(精神に作用する家)という機能が付加され、”mood-sensitive”(占有者の気分に敏感に反応)するよう”memory cell”(記録細胞)によって占有者の精神を記録されるのだった。地元の不動産屋のStamersの案内で訪れた物件は確かに居住履歴を見ると一流のセレブリティたちが住まう記録があるものの、例えば8年前TV用に建てられた空き部屋だらけの宇宙船のような家、病んだ作曲家の住んでいた家など、どうも案配の悪いものばかりだった。
そうした中、あるとき”99 Stellavista”という物件に案内された。その”PThouse”はVermilion Sandsでは最近建てられた部類の建築で、悪くはないものの、妙に安価なところが気になる物件だった。居住履歴によれば元の所有者はEmma Slackという霊能者ただひとりだった。その家は何か妙な感じがした。”memory cell”はEmma Slackの強烈で歪んだ個性を記録し放射していたのだ。Stamersを問い詰めると、Emma Slackは本名で、実はGloria Tremayneと名乗る女性であった。HowardとFayは衝撃を受ける。その名前は、自分の夫で、Le CorbusierやLloyd Wrightと並ぶような著名な建築家であるMiles Vanden Starrを撃ち殺したという疑いで、ここ10年で一番有名な裁判の被告だった元女優の名であった。しかも若きHowardは、当時彼女を弁護ずる敏腕弁護士のアシスタントでもあったのだ。Gloria Tremayneは無実を勝ち取ったものの、その後ドラッグとアルコールで身を持ち崩し、5年後ひっそり新聞に数行の死亡記事が掲載されていた。
Howardは今一度、FayとStamersを外に置いて”99 Stellavista”を確認して回る。やはり”PThouse”の機能によっていたるところにGloria Tremayneの強烈な個性が感じられる。それはあたかも彼女の魂を奉った霊廟のように。やがて、Gloria TremayneとVanden Starrmの確執まで感じられるようになる。Howardは次第に二人の記憶の亡霊に引き込まれていく。
比較的ストレートなスリラーが基本にありながら、ここでもテクノロジーと精神の不思議な混濁が描かれている。


---


もっとエピソードを読み続けたいところだが、残念ながら以上が全てである。

(つづく)

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply