Vermilion Sands (3) / J. G. Ballard





内宇宙の中で、倦怠とオブセッションとの偶発的な出会い



J. G. Ballardといえば「内宇宙(インナースペース)」という言葉でおなじみだが、せっかくなので出典を探ってみた。New Worlds Science Fiction, #118 (1962)に掲載された”Which Way to Inner Space?”という論評ので言及されている。

”The biggest developments of the immediate future will take place,
not on the Moon or Mars, but on Earth, and it is inner space, not outer, that need to be explored. ”
(差し迫った未来の最も大きな発展は、月や火星にではなく、地球で起こるのだろう。
そして探索すべきは外宇宙ではなく内宇宙なのだ)

60年代から70年代にかけて、世界的に社会の変革が進み、サブカルチャーが隆盛を誇った時代、それまでのパルプ・マガジンの流れを汲む未来予測的なSF、あるいは勧善懲悪的なSFから離れ、非常に実験的で、ある種人間の精神を探求し、精神そのものを見つめる文学的な冒険を試みたSFが多く書かれる時代があった。それらは”New Wave”とよばれ、Brian Aldiss、Robert Silverberg、Philip K. Dick、Samuel R. Delany、Roger Zelazny、Ursula K. Le Guin、Harlan Ellisonなどなどきら星のごとく多くの作家が一時代を築いた。このあたりの作家は本当に好みで、読んでも読み切れないほど数多くの作品が書かれている。そしてもちろんJ. G. Ballardも”New Wave”の旗手と謳われた作家だ。

Vermilion Sandsは、それぞれの物語を主人公でが1人称で語る、実に”New Wave”らしい物語である。コクトーのオルフェを思わせる謎に満ちた幻想的なエピソード、歪んだオブセッションにもがく人間の業がもたらす悲劇、スリラーやコメディのタッチの物語など、9編は同じVermilion Sandsというリゾートを舞台にしながらも、微妙に違った味わいをもって読ませてくれる。秀逸なのは、たとえば「歌う花」”choro-flora”、「歌う彫刻」”Sonic Sculpture”、「風景に感光する絵の具」、「生命のある織物」”bio-fabric”、「韻文転写機」”VT”、「精神に作用する家」”Psychotropic(PT) house”など、往年のSFでは繁栄の象徴となりそうな近未来的ガジェット(設定は70年代のようだ)が、このエキゾチックで倦怠的なムードが支配するリゾート、Vermilion Sandsでは皮肉にも人間の悲しみや業を顕在化させる作用をしている点だろう。

もう一つ触れなければならないのは、文中、幾度となく”seems lilke 〜”、と挿入されている数多くの実在の人物や音楽や絵画、建築、文学などである。一例をあげると

[映 画]Garbo、Dietrich
[美 術]Boch、Gustave Moreau、Jackson Pollock、Dali、Picasso
[音 楽]Wagner、Stravinsky、John Cage、MJQ
[文 学]Shakespeare、Keats、James Joyce
[建 築]Le Corbusier、Lloyd Write
[モード]Quant、Dior

相互に関連は無く挿入されるこうした手法は、通常安易で陳腐に見えてしまい、なかなか成功しにくいものだが、本書では読み手のイメージは確実に広がっていく効果がある。

さらに、例えば“Cry Hope, Cry Fury!” (『希望の海、復讐の帆』)で、”Maldoror”(『マルドロールの歌』)を手にした肖像画という描写を通して、同時に読み手はおなじみの一節「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会い」の超現実的な光景が醸す雰囲気も同時に想起するだろう。壁に掛かるDaliのPersistence of memory(『記憶の固執』)、30世紀のAstarteのような魔性の女性Aurora Day、ElgarのPomp and Circumstance(『威風堂々』)のような”Sonic Sculpture”の騒音、こうした付加されたイメージのピースが物語の上に重なり、物語の奥行きをさらに拡げる効果的なレイヤーとして機能している。

本書の序文には、

”Vermilion Sands is a place where I would be happy to live. ”
(ヴァーミリオンサンズは私が喜んで住みたい場所)

Vermilion Sandsは著者のシュルレアリズム的嗜好が色濃く反映された、私的で趣味的な「内宇宙(インナースペース)」と言って良いだろう。そしてその小宇宙は読み手をも満足させてくれるだけの魅力に満ちている。

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Panther(1975)版の素晴らしい表紙絵は“Studio 5, The Stars”  『スターズのスタジオ5号』のAurora Dayとちびの運転手ようだが、後ろはおそらく“Cry Hope, Cry Fury!”  『希望の海、復讐の帆』で”sand-sea”(砂の海)を渡るヨットのイメージだろう。さりげなく地面の仕留められた”sand-ray”(砂エイ)がかわいい。翻訳版の表紙絵もそれぞれ味わいがある。


  

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