そうだ、海外SFを洋書で読んでみよう(4)

もちろんKindleも考慮しなかったわけではない。
ipadにアプリは一応入っているし、実際和書はいくつか読んでみた。
「読みにくい・売ってない・高い」などという翻訳文庫SFの諸問題を軽くクリアしてしまうし、
辞書アプリも併用すれば、おそらくもりもり多読も夢ではない革命的なツールだと思う。
ちょっとブログをあったてみると、軒並みおすすめされている。
しかし、それではしっくりこないのである。
今の衝動の発端が多分にノスタル爺、いや、ノスタルジーだからだ。

ややバタ臭い趣味の父母はともに、読みたいものであればペーパーバックでも読んでいた。
それを見て育った自分もいつか読めるんだろうな、と漠然と思っていたのだが
中高生でSFにはまった頃の英語力ではまだ手に負えなかった。
翻訳でマニアックに多読して、知識と蔵書を増やす方が断然優先だった。
あこがれがそのまま思い出とともに封印されてしまった。

本はやはり紙であってほしい。
読み進めるうちに読んだ頁が増え、物語がおもしろければおもしろいほど、
読んでいない頁が減っていくという、楽しくももどかしい作業が読書の醍醐味だと思っている。

装丁も重要だ。
むかしLPからCDに移行したとき、ずいぶん新譜が味気なく感じたものだった。
表紙は本の顔で、その本の内容如何に問わず第一印象を決めてしまう。
読後、この表紙は秀逸だったなとか、ミスリーディングされたな、とか、
まあいろいろ思いをはせるわけだ。

読了後は本棚に並べたい。積ん読も、文字通り積んでおきたい。
効率なら断然Kindleだろう。しかし昔のようにマニアックな熱があるわけでもない。
ふと懐かしさにほだされただけなのだ。
昭和な気分でペーパーバックとしゃれてみたいわけである。

(つづく)

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