The Silver Locusts (The Martian Chronicles)/ Ray Bradbury

20180812




不滅のオールタイムベスト



25冊目。
Ray Bradburyの"The Silver Locusts (The Martian Locusts)"(1951)(『火星年代記』)を読了。
翻訳は大昔からあるが、一番なじみ深いのはハヤカワ文庫版だ。ただし、現在書店に並んでいるのはBradburyが晩年、数編の差し換えや年号の調整など、手を入れた「新版」となっている。こちらについては後述したい。
CORGI BOOK版の原題は"The Silver Locusts"(銀色のいなごの群)に副題として "The Martian Chronicles"(『火星年代記』)となっている。

クラシックである。先日読んだ一冊はスカだったので、今回はザ・SFを読みたかったのだ。
Bradburyは創元社から出ていたいくつかの短編集と、萩尾望都のマンガで読んだ懐かしい記憶がある。『火星年代記』(旧版)も持っていたのだが、最初の数編をトライしては地味に感じて挫折していた。カバー絵も地味だったのよね。30年以上の時を経てのリトライである。

Bradburyの作品のアウトラインを語るのも野暮というものかもしれないが、一応さわりだけ。




“January 1999  Rocket Summer” 『ロケットの夏』

The rocket stood in the cold winter morning, making summer with every breath of its mighty exhausts. The rocket made climates, and summer lay for a brief moment upon the land ...

ロケットは冷たい冬の朝そびえ立ち、その強大な排気の咆吼で夏をつくり出していた。
ロケットは天候をつくり出し、一瞬の夏が大地を覆った…


冬のOhio。点火したロケットの燃料温度が辺りを焦がす。無音の映像を見るかのような静寂感漂う描写。
本書の序章となるに相応しい小品。



“February 1999  YLLA” 『イラ』

火星人YLAは夜毎不思議な夢を見るようになった。夢の中で6フィートはある黒髪に青い目の巨人が玄関先に現れるのだった。"Nathaniel York"という聞き慣れない名前を名乗る男の話を、彼女の夫のYLLAは快くは思わなかった。いつしかYLAは、知らない国の言葉で歌を口ずさむようにも…
第1次火星探索隊を暗示させる、火星の白日夢。



“August 1999  The Summer Night” 『夏の夜』

"Stone Galleries"ではコンサートの夕べが開催され、火星の人々は音楽と歌を聞き入っていた。突然少女が知らない言葉で知らない歌を歌い始めた…
前話につながる挿話。



“August 1999  The Earth Men” 『地球の人々』

Ttt婦人が玄関を開けるとそこに地球人たちが立っていた。彼は第2次火星探索隊の指揮官Jonathan Williamsと3名のクルーたちだった。彼女は地球人たちとテレパシーで意志の疎通が出来た。彼らは1時間前に火星に降り立ったのだという。彼らは火星で消息を絶った、Nathaniel York指揮官の第一次火星探索隊の捜索に来たのだった。火星の人々は、銀の唇に青銅色のまつげの、金や青やクリムゾンのマスクで顔を隠し、街中で互いに挨拶を交わしたりして溢れかえっていた。探索隊は次から次へ、火星の人物を紹介される。彼らの行く手に何があるのか…
牧歌的な様相から一転し、思いもよらない戦慄の幻想物語。



“April 2000  The Third Expedition” 『第三探検隊』

Jack Blackを指揮官に総勢17名の第3次火星探索隊が火星に降り立った。むろん消息を絶った第2次・第3次火星探索隊の捜索が目的だった。彼らが降り立った地は驚くべきことに、故郷の地球の懐かしい1900年代の風景に酷似していた。木々も建物も。しかもそれはIllinoisやOhioなどクルーたちの幼少の頃の心の原風景にほかならなかった。目を疑うクルーたちに、さらに驚愕の出来事が待ち受ける…
誰しもがもつ、心にのこされた幼少の思い出のとげが、残酷な形で牙をむく。



“June 2001  —And the Moon Be Still as Bright” 『月は今でも明るいが』

Wilder指揮官のもと、第4次火星探索隊は火星に降り立った。火星到着初日、クルーたちはキャンプファイヤーの火を囲い火星到着を大いに祝っていた。そこへ別働隊で飛んでいた医師で地質学者のHathawayが報告に来た。驚くべきことに、火星の人々が水疱瘡で10日あまり前に死に絶えたというのだ。死体は枯れ葉のように累々と横たわってるとのことだった…
火星人たちの最後と、第4次火星探索隊の運命の物語。



“August 2001  The Settlers” 『移住者たち』

「かの天空に仕事がある:火星に刮目せよ!」 4色刷のポスターが街々に掲げられていた。
火星移住を開始した地球人の挿話。



“December 2001  The Green Morning” 『緑の朝』

Benjamin Driscollは31歳の男。彼は火星に木を茂らせ、より多くの大気を供給し、茹で上がるような夏季は木陰を、冬季は風除けになるよう、地を緑で満たしたいと望んでいた…
地球人の火星移住黎明期を詩的に描く。



“February 2002  The Locusts” 『いなご』

群れを成して移動するいなごのようにロケットが地球から火星に押し寄せる。
地球人の火星移住黎明期の挿話。



“August 2002  Night Meeting” 『夜の邂逅』

Tomás Gomezは火星の入植地で10日の仕事ののち、2日の休暇を休暇を与えられ、パーティーに向かって車をころがしていた。死に絶えたかつての火星人の街の古いハイウェイに車が滑り込んだとき、六本足のヒスイ色の昆虫のよう、無数のダイヤと赤い宝石のような複眼をもって機体が接近してきた。Tomás はとっさに火星人だと分かった。死に絶えたはずの火星人と遭遇したのだが…
火星人の生き残りとの、少しおちゃめな出会いと別れの短い物語。



“October 2002  The Shore” 『岸』

今度は、寄せては砕ける波にたとえて地球の各地からから火星への入植の様子が描かれた挿話。



“February 2003  Interim” 『とかくするうちに』

火星への入植の様子が詩的に描かれた挿話。



“April 2003  The Musicians” 『音楽家たち』

男の子たちは、食料を持参して春夏秋冬、火星の片田舎にハイキングを楽しんでいた。ゴーストタウンの石造りの家屋に立ち入る無邪気な遊び。しかしそこには忌避すべきあるものが…
マザー・グースのように牧歌的で、同時に残酷な挿話。



“June 2003  Way in the Middle of the Air” 『空のあなたの道へ』

金物屋の経営者Samuel W. Teeseは、ひどく不機嫌だった。「黒人どもが南部から火星へ移住しようとしてるんだ!。」街の黒人たちは自前のロケットを造り、火星へ旅立とうとしていた。黒人たちが次々ロケットへ向かっていくことにいらついていたのだ。彼の使用人の少年も出立を願い出てきた。Teeseは粗末な労働契約書を振りかざし、怒り心頭にののしる。

The car churned off into the dust. The boy rose and cupped his hands to his mouth and shouted one last time at Teece : Mr. Teece, what you goin' to do nights from now on? What you goin' to do nights, Mr. Teece?"

車は砂ぼこりをあげて消えていった。少年は顔を上げると両手を口にかざして叫んだ。「Teeceさん、これから先、夜な夜な何をなさるんですか? 夜な夜な何をなさるんですか? Teeceさん。」

※暗に白人レイシストたちによる残酷な「夜の遊び」を糾弾している。

火星への入植と、50年代の米国南部の苛烈な黒人差別という世相が映し出された問題作。



“2004ー05  The Naming of Names” 『名前をつける』

火星に入植した地球人は、土地に名前をつけていった。火星がようやく住みやすく安全な街に安定すると、次に地球の洗練された人々が火星に観光に来るようになった…
火星に地球人が根を下ろしていく挿話。



“April 2005  Usher II” 『第二のアッシャー邸』

Mr. William Stendahlは、建築家のMr. Bigelowと設計図の確認をしていた。それはEdgar Allan Poeの著作中の”The house of Usher”(アッシャー家)を再現したものであった。寂れていて、恐ろしさを漂わせた邸の建築に、Mr. Stendahlは尋常ならざる情熱を注いでいた。
地球ではファンタジーやホラー、探偵小説を悪書と指定。PoeやLovecraftはもちろん、オズの魔法使いやマザー・グースのような童話、マンガや映画もその対象に加えられ、1975年焚書法案が可決、”Great Fire”とよばれる焚書が行われた。Mr. Stendahlも50万冊におよぶ蔵書をInvestigator of Moral Climates(風気調査官)によって焼かれてしまったのだ。
地球に嫌気のさした彼は、地球の目の届かない火星に移住、400百万ドルかけてロボットによって制御された幽霊屋敷、”The house of Usher”を再現したのだった。
しかし完成した喜びもつかの間、地球から調査官Garrettの訪問を受ける。早速当局の目に留まってしまったのだった…
徐々に良からぬ方向に傾きつつある地球への、ささやかな反逆の物語。



“August 2005  The Old Ones” 『年老いた人たち』

火星に赴くことはもはや日常となった。



“September 2005  The Martian” 『火星の人』

年老いたLaFargeと妻のAnna、二人は思い出を地球に置いて火星に移住していた。火星は、こうした地球を捨て、第二の人生あるいは余生を送る移住者が多かった。
ある夜LaFargeは、前庭に人の気配を感じた。そしてそれがTomであるように思えた。そして翌朝、少年が立っていた。明らかに肺炎で死んだ息子のTomだった。しかしLaFargeは、それが非常にレアな火星人の生き残りだと分かっていた。火星人が地球人に精神作用を施す能力があることを知っていた。はじめは拒絶したのだが、徐々にそれでもいいと感じていた…
あり得ない、しかしあってほしい。人間の切ない思いが残酷な形であらわれた悲しい物語。



“November 2005  The Luggage Store” 『鞄店』

鞄店の主人はラジオで地球が戦争に突入したことを耳にした。ひょっこりやってきたFather Poregrinは、火星の入植者はこぞって地球に還るだろう、と予測した…
地球の終焉と、火星入植者たちの地球への帰還を予感させる挿話。



“November 2005  The Off Season 『オフ・シーズン』

Sam Parkhillは第4次火星探索隊の数少ない生存者だった。彼は妻のElmaとともに、火星で最初で最高のホットドッグスタンドの開店準備をしていた。地球からの1万の開拓団が火星に来ると皮算用し、ハイウェイの十字路に店を設営していたのだが、そんな彼のもとに招かれざる「客」が現れるようになった…
地球人と火星人の奇妙な邂逅の物語。



“November 2005  The Watchers” 『地球を見守る人たち』

火星から見た、地球の最後の姿を詩的に謳う挿話。



“December 2005  The Silent Towns” 『沈黙の町』

Water Grippは痩せた目つきの暗い男だった。今や火星は空っぽの街となってしまった。地球に戦争が起きると、火星の入植者は一斉に地球に帰還してしまったのだ。もたもたしていた彼はまさか一週間で誰もいなくなってしまうとは想像しなかった。死海のそばのMarlin Villageで、人恋しさに電話帳片手に片端から電話してみたが、やはり誰も出ないか留守電だった。あきらめかけたそのとき、電話が鳴った。電話の向こうはGenevieve Selsorと名乗る女性だった…
最後の男と最後の女というおなじみのテーマを素材にした寓話。



“April 2026  The Long Years” 『長の年月』

第4次火星探索隊の生き残り、Hathawayは妻と二人の息子、そして娘に地球の思い出を語っていた。地球の"Great War"から20年と7か月。火星は墓のような星となってしまった。家族ともども考古学探索で入山中、火星の全てのロケットが地球に帰還。彼らもまた、火星に取り残されてしまった人々だった。いつか誰かが自分たちを見つけてくれる。Hathawayは希望を持って待っていたのだった。
ある早朝、空を見上げると、明らかにロケットの炎の揺らぎが確認できた。Hathawayは家族と祝杯をあげ、ロケットを歓迎した。到着したのは、なんと第4次火星探索隊の当時司令官だったWilderの一行だった。彼は左遷され、20年間太陽系をたらい回しにされていたという。
再会したふたり。その喜びもつかの間だった。歓迎を受けているさなか、Wilderの部下がHathaway家族の奇妙な事実を発見し耳打ちしてきた…



“August 2026  There Will Come Soft Rains” 『優しく雨ぞ降りしきる』

完全に無人となった火星。機械仕掛けの制御だけが、粛々と機能していた。



“October 2026  The Million-Year Picnic” 『百万年ピクニック』

William Thomasは妻と3人の息子とともにロケットで火星に降り立った。子どもたちは火星に”長い旅行”に来たと聞かされていた。下の二人は無邪気に”旅行”を楽しんでいたが、長男のTimothyだけは何か変だと感じていた。なぜMinnesotaからあわてて家族用ロケットで火星に来たのか? なぜロケットに何年分もの食料が積まれたのか? 
地球はTimが生まれたときには"Great War"で破壊し尽くされ、人々は殺し合っていた。州知事だったWilliamは密かにロケットを長い年月をかけ準備し、家族と火星に疎開したのだった…
本書を美しく締めくくる終章。



*


本書は1940年代にパルプ誌で掲載された短編に、書き下ろしの短編を加え50年代に1冊として出版された。
Bradburyは1997年に「新版」として、各短編のタイトルに付されている年月を31年ずつ繰り下げ、また、"June 2003  Way in the Middle of the Air"(『空のあなたの道へ』)は削除し、かわりに他の短編集収録の2編を新たに追加した改訂版を出版した。
幻想的で詩的な物語に通底するのは、行きすぎる文明、過剰な表現への統制、人種差別、戦争、といった当時の米国社会への厳しい視線であり、SFのスタイルを借りた文明批判といえる。上記のつたないアウトラインではいまいち伝わらないとは思うが、削除された"June 2003  Way in the Middle of the Air"は、SFはやや脇に置かれ、苛烈な黒人差別への批判が焦点となっている。もうそういう時代ではない、ということで削除されたのだとも理解は出来る。
ただ「時代遅れ」というのであれば、実はもうひとつ「女性」もその論題に上がってしかるべきだと言える。本書に登場する女性たちは、やはり50年代の米国のTVドラマよろしく、貞淑で男性を盲従する物語の中の「人形」でしかない。こうした女性像も、もう20年くらいするとSFから消えてしまう。また、そもそも異星で、人類は結局故郷地球の生活様式を踏襲する、という発想も古いと言える。
しかし、こうした「時代遅れ」をいちいち「削除・修正」してしまうことにはあまり賛同できない。「かつてこうした物語があった」という事実は抹消すべきではないと思うし、年月の数字も含め、「時代性との齟齬」によって、本書の最後の1行の美しさが揺るぐことは微塵もないからだ。
50過ぎでようやく読み切ったわけだが、もしかしたら今だからこそ感じられた感動があったかもしれない。子どもの頃では気づけなかった、そろそろ次にバトンタッチしなければならない世代なりに感じるところがあったと思う。
やはりオールタイムベストといえる一冊ではないだろうか。


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